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新春対談(長谷川徳之輔氏・芦川勝年氏)沼津朝日新聞18年元旦号
「沼津のまちづくり考える」上 =新春対談一2人に聞く=長谷川徳之輔・明海大教授 芦川勝年・商店街連盟会長
沼津駅鉄道高架事業は今年、大きな局面を迎える。市の説明では、事業主体の県が十八年度での事業認可取得を予定しているためで、一方で見直し・反対論は根強く、また、今後の国の補助を含めた財政状況を見通した場合、果たして本当に計画通りの進展が可能なのか疑問視する声も相変わらずだ。この事業は、中心市街地だけでなく今後の沼津のまちづくりにとって多大な影響を与えるだけに、市民は、どう考えていったら良いのか。その中心市街地では大型店の撤退をはじめとして空洞化が進む一方、定住人口の回帰を目指した動きも進む。人が住める都心づくりとは何か。さらには近年、郊外型大型店の出店が続き、従来型個店は苦戦を余儀なくされている。商業の復活はあるのか。全国各地で同様の問題がクローズアップされる中、どことでも同じではない。沼津にとって考えられる道は何か。これまでも本紙を通じて提言をしている元建設官僚の長谷川徳之輔.明海大学不動産学部教授と、鉄道高架化を実現する市民の会副会長も務める芦川勝年・沼津市商店街連盟会長に話を聞いた。(文中敬称略。この取材は住民投票条例案が臨時市議会で審議される前に行いました) ―鉄道高架事業について様々な意見がありますが、この事業の成否いずれの場合でも、今後の沼津の都市づくり、まちづくりに大きくかかわってくることは間違いなく、そもそも沼津駅周辺整備事業というものを、どのように位置付けて考えたら良いのでしょうか。
長谷川 駅前に降りるとだいぶ雰囲気が変わり、活性化の匂いがする。長年、沼津が衰退化の代表のように言われてきていて、それが活性化すれば、こんなにいいことはないと思う。しかし、その中で肝心な高架化事業の意義とか目的とかが周囲に分かりにくい状況になっているのではないか。 完成するのは二十年近く先だというし、その時(沼津が)どうなっているのかは分からない。この問題は次の世代、あるいは次の次の世代の市の将来像を見越した上で、この事業が寄与できるかどうか根本的に議論しなければならない。そうしたことを抜きに対立感情だけで議論しているような気がして、残念でならない。 芦川 高架は基本的に六つある事業のうちの一部。高架自体は、あした出来るわけではなくて、結果として高架になる、鉄道を上げて地盤がフラットになるということであって、それも平成三十二年ごろの話。その時に時代背景がどうなっているかを見越すことは難しい。 事業自体、単独で出来る事業ではないから、国、県の力を借りながら、あるいは近隣市町村の協力を得ながらでないと出来ないことの集大成としてあるわけだが、本質的には来街者の利便性や市民生活が便利なものになっていくだろうという想定のもとに組み立てられている。その本質的なものに対して、みんなが共通認識を持たないと、(沼津市という)狭い範囲の中での争いと、広い意味で都市間競争に支障をきたすというのは現実的問題として起きてくる。だから、みんなが共通認識を持てるような機会があればと思う。 長谷川 本当に、こうした大きな事業は、なんのための事業かを考えることが大切であって、そもそも誰のための事業か、二十年先の市民生活をどう展望するのか、今議論している人は(その時には)ほとんどいなくなるんであって、事業が順調に推移したとして、財政状況がどうなっているのか、日本の経済、社会情勢を見たって、考えた通りに進むなんて保証はどこにもない。二十年先に沼津はいったいどうなっているのか考えると、その時に鉄道の機能が発揮できる社会なのか、あるいは、沼津のまちが相変わらず沼津のまちとして独立しているのか、三島などを含めた広域的な自治体が出来ているかもしれない。そういう事態を考えていかなければいけないんだろうと思う。そういう点から何が大事か考えていかなければならず、非常に難しい事業だと思う。 だからと言って、状況を見ながら徐々に進めていこうというのでは、二十年間、南北交通の問題は何も変わらず、そのままで良いのかということになる。なんのための高架かと言えば、決して鉄道の本数を増やすためというのではなく、南北交通の円滑化とか市民の連携を深めていこうということだと思うが、はたして高架がそういうことにつながるかどうか。また、二十年先に出来るとして、その二十年間をどうしているのかという問題もある。二十年先は分からない、その時に無用の長物にならない保証はどこにもない。だから段階的に進めて、出来上がったら使い物にならなかったとか、そんなことも考えて進めなくてはならないだろう。
高架はJRの基盤整備?・目的変えた再開発ビル 芦川 今、商店街を見てみると、業態とか形態が、ものすごく変化してしまっている。なんでこれで負けるのという商業集積地域もあるが、それはなぜかと言えば、今、先生がおっしゃった時間差なんですよ。あした鉄道高架が完成してやっていけるなら勝てる要素もあったと思う。ところが、時間が経過する中で国や県の助けを借りて事業をやっていかなければならない今、三位一体の行財政改革で、「地方ががんばんなさいよ」ということになっている。そういう時点で、市民の代表になっておられる議員皆さんとか市長さんが何年もの間、市民が生き、ここで生活でき、生活基盤を確保できるようにしながら、この事業をやらなければならない。 それには、一番、根にあるのは市民合意だと思う。行政の方でも説明会などを開いてきたと思うが、それでも理解が得られない。そうなると、もしかしたら、ある意味では計画それ自体に問題があるのか、それとも、ある部分に関して、地域が犠牲にならなければならないと思われているところがあるのかもしれない。いやらしい言い方をあえてするならば、やりやすいところからやって、やりにくいところは先送りしてしまう。そのことによって、ものの本質を見失ってしまう。一般論として言われていることだが、開発があって計画があるんではなくて、計画があって開発があるんじゃないですか。今、最上位計画ですよね。この高架事業というか、基盤整備は。開発におもねて計画を曲げてしまうとか、そういうことはあってはならないことだが、往々にして、そういうことは全国どこでもあるじゃないですか。 今、我々の街区にしても再開発ビルを造っているが、最初の計画では大きなキーテナントであろうとか、デパートが出てくれるだろうとか、そういう形の中で六、一〇〇平方㍍を確保して、そして(再開発ビルの)隣では区画整理が始まるじゃないですか。その区画整理が行われる方に(中央ガードから南側に出た)道路を振って、それは(再開発ビルキーテナントのための)六、一〇〇平方㍍を確保するために振ったのに、キーテナントとして平成十三年に西武を指名して、十五年にキャンセルでしょう。基本的に(再開発ビルの)形態を変えてしまった。変えて四案を議会に示し、採算性を重視したという形のなかで、今のマンションと商業床を造ってきた訳なんですよね。そうすると、開発ということが、採算性を重視してマンションを確保するということになってきているわけですよね。 だから鉄道高架にしても、貨物基地を確保しなければならない、その貨物基地の用地に充てなければならない先の住民の理解が得られないということになれば、これは非常に難しい。やりやすいところからやってきてしまうと、それが先送りされて、結果的に、ほかの所が出来てしまって大事な所が出来ないでは、なかなか先に進んでいかないのではないか。
長谷川 沼津駅周辺整備事業の中心になるのが高架事業で、高架と、それに関連する用地取得で三分の二近くの事業費を使う訳ですよね。その事業が今問題になっていますよね。高架が全体事業の基本であり、その基本のところの必要性や、なぜやるんだという理由がよく分からない。出来ることに越したことはないにして、そのために二十年も費やすことがいいことなのかどうかね。そこを議論しなければならない。その中に操車場とか貨物ヤードの問題があるんであって、本当に二十年先に使えるのかということなんですよね,二十年先の交通事情が、本当に貨物需要があるのかどうか、そのあたりが本当に分かりにくいところだと思う。JRにしたって分からないと思う。そんなところに百億や二百億の金を投じてしまって良いのかということになるだろうと思う。 高架化事業とは、なんのために、誰のためにやるのか、そこがよく分からない。分かりにくいままに進んでしまっている。計画を説明する人も、よく分かっていないんじゃないですかね。分からないまま、どんどん動かしてしまっていいのかということだと思いますね。
芦川 まあ、そう言われてしまうと分からないけれど、でもね先生、実際の例を見ますとね、どこへ言っても高架の周辺はきれいになっているんですよね。ただね、それがJRの基盤整備なんですよ。「や、立派になったな」と思って、それでにぎわっているという部分はあるけれど、じゃあ市民が本当に生活を享受できる部分があるかと言えば、そこは難しいんですよね。 長谷川 だから、この事業が進んで、本当に沼津の衰退が南北に交通が分断されていることによって起き、それが高架化によって解消されるのかというとどうか。基本問題は南北交通の円滑化というところにあって… 芦川 基本問題なんて言われると困ってしまうが、この東海道線を考えると、山は迫っている、海は近い。東海道線の沿線は、基本的に、どこへ行っても全部南北問題を抱えているのだと思う。 長谷川 それは本当に、そう思う。 芦川「『ひかり』は西へ」なんて言うように、東西の人の流れや物流を確保しないと日本の発展はなかったんですよね。 長谷川 そうそう。 芦川 ところが、南北問題というのは、これまであまり語られてこなかった。なぜなら、その必要性がなかったから。ところが郊外の開発などが進んで、南北問題を考える必要が出てきた。鉄道高架にして(下を)フラットに出来れば、沼津という所は地形的に北駿にも伸びるし、伊豆にも伸ばせる。フラットに出来る場所があるが、ほかの所(都市)にはそれがない。
費用対効果計量的に・具体的に示し市民理解を 長谷川 今、東京に住んでいるが、平面交差の踏切で一時間のうち五十分くらい踏切が閉まっているなんて所もあり、そういう所には高架とか地下化は必要だが、沼津のような所では高架化によってどのくらい交通量が変わったか、あるいは通過時間が減少して、どのくらいのメリットがあるかと言えば、それが分からないですよ。 それが分からないと、「なんのために」というのか出てこない。やはり(周辺整備も含め)二千億近い金を掛けるんだから、どれだけの効果があるのか計量的、金銭的に示さなければならない。もし第三者がお金を出して、すぐにでも出来るものならやった方がいいですよ。でも、そうではなく、自分達でお金を出して、なおかつ二十年近くかけてやる仕事ですから、当然、やることによるメリット、デメリットをしっかり理解していなければならない。理解させる努力がないんだと思うんですよ。多分、議員も市民も分かっていない。 計量的、金銭的に議論する努力がされていないんだと思うんですよ。南北交通を円滑化して計量的にどのくらいのメリットがあって、やる価値があるのかという、それが沼津の将来の姿にしっかりフィットしているかどうか確信を持てるような、確信は持てなくても少なくとも理解できるような情報が市民の手にあればいいんですけど。それがないと思うんですよ。 芦川 ないというか、シミュレーションとしてはないですよ。 長谷川 それが、今大切だと思うんですよ。非常に資金がかかる仕事ですから。「国が出してくれるからいいんじゃないか」という時代ではないんですよ。国だってお金がないんですから。今、考えている二千億近い金がスムーズに出てくるとは思えないんですよ。そうなると、二十年が三十年になり、あるいはもっとかかるかもしれないんですよ。 芦川 まあ、二千億がすべて国からでる訳ではないんだけど、先生が言われている財政的な問題で言うと、三位一体の改革っていうのがあるじゃないですか。それからいくと難しいというのは誰でも思っていることなんですよね。日常生活の中で、どうなっていくかも。だからマイナスのカードもプラスのカードも(行政は)全部出すべきだと思うんですよね。私の立場で、こんなことを言うのもおかしいんですけど、道というのは全てつながっていますよね。たとえば、東名から下りた車が一千万台あって、半分が三島(伊豆)方面に行って、半分が沼津に入ってきたとして、高架にしてフラットにしても、市役所の先には、あの一本道しかない。(高架は)ある部分だけをやるということ。アーケード名店街も、あのクネクネ道にして、車を遅く走らせるようにしているじゃないですか。ある部分だけを考えるからつじつまが合うわなくなってくるんですよ。だから、南北の交通を緩和していく、ある部分を通すことにこれだけお金がかかるということの認識を市民合意として持ってくれるのか、そのあたりをきっちりやらなければならないんじゃないですか。 長谷川 二十年先あるいは三十年先の、この地域の人口構成や産業構成がいったいどうなっているのか、行政区域がどうなっているかということも大事だと思うんですよ。 今の行政区域でないかもしれなし、人口も減るかもしれないし、実は、そういうものを考えて事業はあるんだし、そういうものを抜きにしてやると市民のリスクは高くなると思う。出来上がった後にどうなるんですか。交通量だって、この先増えないんだろうと思うですよ。しかも東駿河湾環状道路が出来れば、伊豆に流れる車が利用するようになり、三つ目(ガード)も今のキャパシティ(受け入れ能力)で間に合うかもしれないですよ。そういう事態になった時に、(周辺整備全体で)二千億近い金をかけた、その一つとして高架をやり、これだけ効果がありましたと、どこまで説明できますかね。市民が負担して、二十年、場合によっては三十年かかって高架化が出来た時に、「生活上のメリットはなんですか」「お金に換算してどのくらいの利益がありますか」と聞かれた時に、「おおよそ、これくらいの利益があります」と説明できなければならないですよね。 少なくとも、この事業にいくらお金がかかって、いくらの効果があるのかコストベネフィット(費用対効果)に関する情報は公開して、市民が「それでもいこうよ」とか「やめようよ」とか、あるいは「変えようよ」とか、そう議論していくのが当然だと思うんですよね。そこが肝心なところですよね。「十六年前だか、十七年前に決めたことだから行きます」と言うんじゃ、市民は、なかなか理解できないですよ。
時代に対する不安が・住民投票望む数字に
芦川 先生が言われた、高架事業による効果を数量的にカウントしなさいということを考えると、高齢社会、少子化社会が来ていて、省エネと言いますか、エネルギーに対しても非常に厳しい時代を迎えていますよね。鉄道高架と言っても我々だけの問題ではありませんから、周りの市町村でどんなふうに考えているのか。国もどう位置付けているのか。我々はやるんだと言っても、来街者がどう活用してくれるかということもある。そのへんのことを考えないと、経済性の問題や人の問題もあるんだし、容易に推測できる中でシミュレーションしていかなければならないんだと思う。 長谷川 そのへんを市民が理解するというのは行政にとって非常に大切なんですよね。決まったからやる、というのではなく、二十年前の経済状況なら、それで良かったのかもしれないけれど、人口は減る、経済は停滞する。沼津の人口も減少が予測されているのに、では、減ったのに高架化なんて、いったい、どんな意味があるんだということ。減った人口で(高架にかかった)お金を負担しなければならない。 このあたりのことは、本当に次世代に資産を残すのか、あるいは負債を残すのかということになってしまんだと思う。今の人の負担で次の人に資産を残してやるというんならいいけど、財政を考えれば、全て起債だと思うんですよね。起債だと、十年あるいは二十年先の人が払わなければならない。しかし、その時に使えるかどうか分からない高架施設が残り、膨大な負債も残るということになるんだと思うんですね。 そうではないと言うなら、なぜかということを言わなければならないんですよ。それでいやだと言う市民も出るかもしれないじゃないですか。市民が選択できるような情報の開示をしっかりすべきだと思うんですよ。本質的なところの議論がなく、南北交通の円滑化などと言って語られていることが不思議なんですよ。問題なのは、今の人が資産として次の人に残せるかどうか。次の世代の人が負担に耐えられるかどうかということを情報開示して市民がどう判断するかということでしょうね。 芦川 あちこちの市町村を見て、開発イコール成長と言える時代もありましたね。二〇〇一年に小樽へ行きましたが、あそこでは大きな再開発(マイカル)がつぶれましたよね。去年、(小楢の)市長さんが、今でも市長さんなんですけど、「敗軍の将、兵を語る」なんてことを言っているんですよ。でも、小樽そのものは素晴らしい基盤を持っているじゃないですか。明治時代の建物が残り、「北一硝子」や「裕次郎記念館」なんかの集客装置も持っている。だから、開発イコール成長で、「開発すれば人が来る」と、そう思ったんですよね。 長谷川 私達の時代は、まさにそういう時代だったんですがね。しかし、この十年間で世の中変わっていると、ひしひしと思うんですよ。しかし、今は立ち止まって考え直す絶好の機会なんですよ。住民投票を求めた五万とか六万の市民がいたということは、まさに(もう一度考えようという)そういうことだと思うんですよ。 芦川 先生のおっしゃる通りですよね。 長谷川 これは市民全体、あるいは議会で再度考えるべきで、それを「決まったからやるんだ」ということだから反発を買うんだと思う。ここは一つ、みんなで時代の変化を認識して語り合おうということではないですか。 芦川 対立関係はいつでもあり、異論を唱える人はいると思ううんです。総論は賛成でも各論では反対ということはあるじゃないですか。その各論の部分をしっかり組み立ててた中で、総論が時代背景に合っているのか、今後の推移の中で耐えられるの、そういう財政的シミュレーションをね、組んでね、市民に示して、なおかつ開発が必要だということを示せば、「必要だ」という答えも出てくるんだと思う。住民投票を求める署名にあれだけ集まったのは、事業に対する賛否よりも、ある意味、時代に対する不安というものがあるんだと思いますよ。 長谷川 当然あると思いますよ。 芦川 この先、どうなるのか、高架が出来るまで、この地で生きていられるのか、ここにいられるのかという不安、結果的にこの事業が完成した時に沼津市はどういう位置にあるのかという不安があるんだと思う。みんなには開示できない情報というのはあるんだろうし、不安もなかなか解消できないでしょうが、しっかりと説明する責任と言うんでしょうかね… 長谷川 外から見ていて足りないのがそこだと思うんですよ。市民が求めているのもそこだし、行政が対応すべきなのも。これだけの費用をかけるんだから、どれだけの効果があるのか、市民が判断できる材料を与えてほしい。それが大事なんですよね。 芦川 基盤整備は誰もが望むこと。そこでの反対はないと思うが、それだけの大きな事業にまちが耐えられるか、また、狭い範囲で言うと、我々のまちが耐えられるかということなんだと思う。そういう時代に我々は生きていけるのか、生活していけるのかということがあるんだと思う。
人が歩けるまちに・空き店舗対策こそ先決
長谷川 オール・オア・ナッシングではなく、ものを壊す方向でなくて、ものを作りだそうという方向の意識が働かなければならないが、その点から見ても沼津という所は恵まれている。衰退するというのは、限られたところで見ればそうかもしれないが、駿東という地域で考えると、はっきりと動いているし、その中で、あの地域を高架にしてなんの意味があるのか、三十分に一本しか通らない御殿場線を高架にしてなんになるのか、御殿場線沿線の人も三島の人も富士の人も一緒に考えたらいいと思うんですよね。それが特定の地域の人が、(高架が)いいとか悪いとかと言っているだけ。 でも、裾野の人も長泉の人も、函南の人も地域全体の未来像を考えていくことが大切なんじゃないかと思う。沼津駅を高架化するなら三島の広小路駅をなぜ高架にしないのか。あそこならずっと少ない距離の高架で済む。今は、お上のやることに間違いはないんだという時代ではない。 芦川 そういうのは、コンパクトシティというか、行政だけでなく、市民も来街者も一緒に考えていこうっていうのがあるじゃないですか。中心市街地の持つ長所を生かしながら、というような考えが。そういう中で高架事業を考える必要があるんじゃないでしょうか。対立ではなく一緒に考える気持ちがないと、溝が出来るだけになってしまう。 長谷川 その通りですね。 芦川 石油コンビナート(反対運動)は結果的に時代を見越した判断だったと思う。企業に頼る企業城下町というのは、伸びる時には伸びるが落ちる時も速い。 長谷川 企業が撤退するのは時代の流れで仕方ないと思う。ここはリゾートにしても東京の西の端で、大きな産業がなくてもやっていける。それをプラスに考えてやっていった方がいいと思うんですよね。駅北にしても居住空間として考えれば、新幹線三島駅や御殿場線をもっともっと活用するといったことを考えたほうが大事なんですね。それを抜きにして高架を考えてもだめなんですよね。 そういう中で南北の交通量がどれだけ緩和されるのか、増える交通量と減る交通量がどれくらいあるのか、ほとんど影響がないと思うんですよ。そこに大きな費用をかける必要があるんでしょうか。全国のほとんどの商店街が衰退しているが、その中でも沼津はひどい。まちなかに空き店舗や空き地が出来てしまっていて、あそこをどうするのか。あのままでは何も戻ってこない。それを抜きにしておいていいのか。前のマルサン本店の横にも空き地が出来てしまって。こうしたまちの中をどうしようかということが見えてこない。 芦川 あそこには何か計画があるようですよ。マンションとかホテルとか。 長谷川 マンションでもホテルでもどんどん造って、まちの中を人が歩くようにすればいいんですよ。郊外に人が移って行ったのも、好んで行った訳ではないんと思うんですよね。まちの中に住む場所がなくなったということではないでしょうかね。歩いて買い物ができるまち、本町や下本町なんていいと思うんですよね。 なぜナティみたいのがどんどん出来ないかと思うんですが。都心に人が戻って来る、活気が戻ってくるというのが一番肝心なところでね。それを鉄道高架で出来るという一四㌶という所に商店街を造ったりしたら真ん中(の市街地)は全滅だと思うんですよね。どうして分かり切ったことをやらないんですかね。あの都心部の空き地を放っておけばいいと思っているんですかね。 芦川 ただ、大きなお金を動かすことになると補助金とかということが頭にちらつくんじゃないですかね。 長谷川 補助金なんて、もう出なくなるのに。なぜ、自分達でやろうとしないのかね。 芦川 でも、ちらついんちゃんですよ。で、たとえば再開発ビルを造るでしょ。その中にメガストアが入る。大きなのが出来て鉄道高架が出来る。その時競合するのはJRが造る駅ビルだと思うんですよ。どこだってそうじゃないですか。浜松だって。 長谷川 どこでもそうですよ。駅の中に商店街が出来たりしている。 芦川 だからJRの基盤整備を手伝っているような気がするんですよ。 長谷川 そうなんですよ。そこが鉄道高架なんですよ。 芦川 全国の市町村、みんなそうでしょ。岡山そうでしょ、広島そうでしょ、みんなそうですよ。 長谷川 品川もそうですよね。駅の中に「駅中商店会」が出来たりしている。
「新幹線駅で繁栄」は幻想・沼津の恵まれた条件生かせ
ー高架でJRが負担するのは四十五億ぐらいだと言われていますね。
長谷川 そうなんですよ。JRにとつては絶好のチャンス。市民のお金で基盤整備してもらえるんだから。そして広大な土地をもらえて、使おうと使うまいと、手に入る訳なんだから。十年先に売ったって構わないだから。JRだって株式会社なんだから、最も利益の上がる道を選ぶのは当然ですよ。でも、それは市民にとってとんでもない話ですよ。貨物駅だって、車両基地だって九九%は市民持ちですよ。それで出来たものはJRのものですよ。それを使おうが使うまいがJRの勝手なんですよ。二十年先に鉄道交通やめたって言って、その時に売れる訳ですから。 芦川 どこへ行ったってJRが一番いい所を持っていますからね。 長谷川 どうして、そういうことをもっときちんと言わないかと思う。
ー行政に言わせると、高架事業によって生まれる広大な土地と高架下を利用できると言っていますが。 長谷川 どこに高架下を使っている所がありますか。新橋と有楽町ぐらいじゃないですか。ほかじゃないですよ。それが沼津辺りの高架下に商店街が出来るって言ったって、誰が入るんですか。そんなものできる訳がない。駅北の広大な土地なんて言っても見通しが立っていないじゃないですか。 第一、そこに何かをつくれば中(市街地)の商店街の売り上げはどんどん落ちるんですよ。だって需要の絶対量は決まっているんだから。それは増えることはないんだから、滅ることはあっても。だから、本町や下本町なんかに住む場所が出来て、第一校区や第二校区に人が戻ってくる、そういうことが沼津の将来にとって大事だと思うんですよね。それだけの立地条件は、ここにはあるんですよ。東京から一時間の距離にあるし、新幹線三島駅への道路を整備するとか、そっちの方がはるかに重要だと思う。地域全体でロケーションを決めてやれば、そっちの方がずっと有効なのに、なぜ高架に執着するのか、よく分からないんですよね。
ー今、新幹線の話が出ましたが、沼津には新幹線の駅がない、三島と富士の狭間だ、なんて言い方がされたりもしている。でも、新幹線の駅がある周辺が、みなにぎわっているかと言うと、そんなことはない。新富士なんかそうですね。富士は東海道線の富士駅近くの旧商店街は閑散としていますし、新幹線の新富士駅の周りだって商店街なんかない。では、どこが開けているかと言えば、道路沿いですよね。今は鉄道ではなく車ということなんではないでしょうか。 長谷川 そういう時代が来たということは言えるでしょうね。一家に一台ではなく二台という時代が。ただ、これからもそういう時代が続くかってことなんですよ。高齢社会が来て、都心に住んで歩いて回れるまちというのがこの先必要になってくるでしょう。そういう時に南北交通と言ったって、交通量が増えてくるとは思えない。今が限度だと思うんですよ。そんな時に高架化して、どのくらいメリットがあるかということなんですよ。 芦川 新幹線の話なんですけど、新幹線が止まった駅で栄えた地方都市なんてありゃしない。六大都市と東京圏を除いてあるとすれば例外的に静岡だけ。沼津に新幹線が止まらなかったから沼津がだめになったなんて言う人がいたら、それは大きな誤解。新幹線が止まって人の流れが出来て良かったなんてのは意外と隣の駅だったりする。掛川なんて一生懸命に誘致したけど、駅の表も裏も車が通っていない、人も歩いていない。 長谷川 掛川は工業地価が県内で三番目なんですよ。沼津は四番にも五番にも出てこない。立地条件はいいのに伸びがない。工業地価格でも工業生産でも東部は三分の位置とか四分の一。 せっかくいい立地条件があるんだから、二十年先、三十年先を展望してやっていくということにしないと。世界を見ても、こんなに恵まれた場所はない。東京には一時間、全国各地に雪が降ってもここだけは降らない。あらゆる意味で恵まれているのに商店が衰退し、市民意識が高まらないというのはなぜかと思う。全国どこへ行っても、こんなに恵まれた所はなく、もっと文化とか、あらゆるものが育っていいはずなんですよ。それなのに、市民に努力が見られない。
市街地への入口回帰で・食料品部門は不可欠
ー先程、本町、下本町にマンションを造り定住人口を増やすべきだというお話がありましたが、仮にそうなって人が戻って来ても、若い人にとっては買い物する場所がない。お年寄りの場合はどうかと言えば、昔のように鍋、買い物かごを持って買い物に行けるという状況ならまだしも、都心に戻ってきても、必ずしもそういう状況にはない。そういう中で人を都心に戻すということはどういうものなんでしょうか。 長谷川 人がいないからまちが出来ないのか、商店街がないから人が増えないのかということはあるでしょうが、人が都心に戻るというのは仕方ないことなんですよ。郊外の一戸建てで車も運転しないという人にとっては、歩いて買い物ができるということが必然なんですよ。特に高齢社会を迎えて大切だろうと思う。 これから団塊の世代の人達が年を取って、どんどん増えて来ると思うんですよね。そういう人達が(都心に)帰って来るということの方が先ではないかと。その後で彼らに商店街が何を与えられるかということが営業だと思うんですよね。片方(与えるもの)がないから片方(人を戻すこと)ができないということでは永久にだめだと思うんですよ。今、まちの中で空き地になっている所はどうするんだ、今のままでは誰も使えないなと。駐車場にすると言ったって誰が駐車するかということになってしまう。ナティのようなものが出来て、値段を安くして高齢者介護的なものが出来たら、もっと人は増えるはず。地道な努力なしに高架化をして、使えるかどうか分からない空き地を作って、それも二十年近く先で、そこに年間三十億も四十億も使ってどうなるのかと思いますよ。 芦川 新幹線の問題も、三島駅を沼津の人が三分の一とか半分とかと使っている。そういう人のために沼津駅付近に無料の駐車場を造ったらどうだろうかと。五つの玄関の話もあるんだけれど、中身をどうするんだということだろうと思う。今の地方都市は車がなければ生活できないと思うんですよ。消費生活を考えると、トイレットペーパーだってティッシュペーパーだって一個ずつ買うなんてことはない。供給する側がそういう形態を取ってしまっているから。 郊外に住む人間は自家用車なんかじゃなくて個人個人の「自己用車」を持つようになっていて、庭をつぶして車庫にし、息子や娘らが一人一人車を持つようになっている。ただ、今はそうかもしれないが、まちなかに人が戻ってくるような社会資本が整って帰って来るとすればですよ、帰って来る時には絶対に食料品部門がないと生活できないですよ。ですから食品スーパーがあって負担感が少ない駐車場。だから今、郊外型の大型店で買ってらっしゃる方々は、駐車場料金を払おうなんて気はありませんから、払ったこともないんですから。そういう方々にも満足していただけるような生活形態をまちが作っていかないと基本的に(人は)来ない。アーケード名店街は、シヅオカ屋さんがあった時となくなってからでは売り上げが大きく変わってしまった。それとね、大型店ですけれど、駐車場の中に大型店があるんですよ。大型店が駐車場を造っているわけじゃない。駐車場の中に映画館なりなんなりがあるんですよ。だから、そういうことを考えてくると、マンションを造るにしても食品部門がなければならない。そうでないと人は来ない。(市街地に戻って来た人の)日常生活に耐えられるゾーン形勢をしていくには、大型店がやっているように食料品部門を確保しなければならない。 長谷川 私は(実家が) 御幸町で、沼津に戻って来てスーパーに行こうとすると、ずっと南へ行かなくてはならない。歩いては行けないんですよ。もう少し歩いて行けるような所に出来ないと困る。商店も店をやめて自分達はよそにいて、それで土地を売るかと言えば売らないで、シャッターを閉めたままで固定資産税を払って、何もするでなく何年もきている。そのへんをなんとかする方が先決で、鉄道高架で再生するなんていうのは無理なんですよ。大事なのは四、五年の話なんですよ、この四、五年の問に、南北交通の円滑化をどうするかとかね。二十年先に高架化が出来たからといって、それでは「遅かりし」ですよ。高架事業の費用対効果なんてのは、おそらく百億ないと思うんですよ。収益性がなくてもやらなければならない事業はあるけれど。 新春対談第2回 目の前の課題解決も ーこれまでのお二人の話で見えてきたのは、市街地に人を戻さなければならない、そこで考えなければならないのは、高齢者が戻って来ても日常生活の買い物ができるまち、というようなことだと思うんですが、今、高村跡でもマンションが建設され、再開発ビルも実質はマンションということで、こうしたことは定住人口の回帰ということから見れば喜ばしいことと言っていいんでしょうか。
長谷川 それは誰が住むかということなんですね。(一つには)周辺に、どれくらい高齢者が住んでいて、(その人達が)戻って来るかということなんですね。また、(地元の)高校を卒業して大学からそのまま都会で生活している人も多い。そういう人が帰ってくるようなまちづくりが必要だと思うんですよ。東京と沼津に住んだっていい。ウイークエンド市民だっていい。東京でマンションを買うことを考えれば、こっちに住んでゴルフを楽しむことだってできる。住める素地はあるんですよ。そういう所に人は住みたくないはずはない。それが、文化的なものがないとか商店街がないとか、ネガティブな発想をするからいけない。私の仲間でも帰ってきたい人間はいるんですよ。でも、彼らには市政に対する関心がない。「どうでもいいよ」と言うんですよ。でも、そういう彼らにまちづくりに参加してもらい、もう一度再生してほしいと思うんですよね。 芦川 まちづくりは基本的には、行政や市民、それに来街者による総力戦だと思う。だから先程出たマンションの話も、明かりがついているマンションがどれくらいあるのか、人が住んでいるのか実態を考えなければならない。マンションがあるからと言って、そこに住めるかと言えば、なかなかそうも言えない。魚屋がない、肉屋がない、駐車場まで遠いといったことが現実問題としてあるじゃないですか。実態調査は必要でしょうね。ただ、沼津ってまちは、そんなに悪いまちではないと思う。 長谷川 こんなにいい所はないですよ。三島の北側の所は、みんな東京市民でしょ。沼津がそうならないのはアクセスの問題もあるでしょうが、沼津に住んで東京まで買い物に行くなんてことは十分可能なんですよ。 芦川 三島に住みたいという人は、東京サイドに生活圏を置いて、三島には寝床として帰って来る、そういう人が多いと思うんですよ。沼津は二十万都市として、まだ盛り場的な芽というか要素が多少でも残っている数少ない都市なんですよ。商店街とか、繁華街が残っていて。それと、どこのまちでもそうなんだけど、駅前には庶民金融や全国チェーン店の看板ばかりが目立つ、そういうようなところがあるじゃないですか。そういう中で、沼津に居住する人達が、どういうまちをつくっていくのか真剣に議論することが必要になっているんでしょうね。 長谷川 広域行政を考えても伊豆市や伊豆の国市が誕生して、沼津や三島や清水町に出来ないことが不思議でならない。こういう所こそ、やるべきなんですよ。都市づくりや都市計画をどうするかという議論があって高架をどうしようかということがあるはずでしょ。それが、「とにかく高架」というのでは何か話がおかしい。 芦川 前に十六万とか何人かの署名があったからということではないんでしょうね。先人が先鞭をつけて今の計画が出来ている、それはありがたいと思うんだけど、それに我々の将来が耐えられるのかという不安が出ちゃって来ていると思うんですよね。 長谷川 前に桜田(光雄元市長)さんが進めて、その桜田さんがやめようと言っている、斎藤さんはやると言っている。その感覚がよく分からない。逆なら分かるが。市会議員だって、三十人が揃って同じなんてことは理解できない。一人一人、の考えがあってよさそうなのに。 芦川 先生ね、本当におっしゃる通りでね、市民の代表ですから、ご白身もそう思っているでしょうし、支援者も多いでしょうから、鉄道高架をどの程度語ってくれたか、どの程度熱く説明してくれたか、必要性をどれだけ説いてくれたのか。議員の責任だとは言ってませんよ。でも、市の最上位計画だと言うなら、一番情報を知り得る立場にあるんだから、身近な地域の人に説いてくれれば当局も説明しやすい。それをどこまでやってくれたのか。賛成なら賛成で自身の気持ちを分かりやすい言葉で説明してくれてもいいと思うんですよね。 長谷川 オール・オア・ナッシングではなく、いろいろなバリエーションがあってしかるべきと思う。三十人の議員さんが、なぜワンパターンなのか、なぜそうなのか分からない。本当にそう思って言っているのか、しがらみなのか、過去の延長上で言っているのか、今の経済状況でそんなこと考える必要はないと思っているのか。議員さんのスタンスが分からない。 ーオール・オア・ナッシングでなければ中庸もあるということになりますが、先程先生は南北問題のことをおっしゃった。では、南北交通の円滑化.を図るには具体的に、どういう手立てがあるとお思いですか。 長谷川 橋上駅の提案も出ているようですが、駅だけでなく、上に広場を造り、両側に車路を造れば中央ガードと三つ目ガードとで、かなりの交通量がさばけるのに、なぜそういう議論をしないのか不思議でしようがないんですよ。市役所がノーという理由が分からない。東西の交通がどうのとか、回遊性がどうのとかと言うが、そんなのはちょっと設計を変えればいいこと。ケチをつけているとしか思えないんですよ。虚心坦懐に一つの提案として考えてみてもいいと思うんですよ。なんの損もない話だと思うのに不思議で仕方がない。
ー先程の先生の話で、橋上駅の車路というのは人車共にということですか。 長谷川 軽い車両は「上を通して、重い車両は下を通ればいい。橋上駅だけでは技術的に通せないということであれば、そうすればいい。いくらでもやりようはあるはずなんですよ。なぜ、そういうことを素直に検討し合わないのか分からないんですよ。
ーただ、橋上駅でも今から計画だ、事業認可だということになると数年で出来る話ではないという指摘もあるようですが。
長谷川 橋上駅だけだったらJRにでも出来ることだし、そんなに大それた話ではないと思うんだけど。静岡県が主体となって大きな費用が必要な高架なら手続きに時間がかかるということはあるんだろうけれど、橋上駅というのは沼津市だけの事業だし、そんなにかかるはずはない。なぜ検討すらしないのか不思議でならない。 芦川 (橋上駅だと)JRにとってメリットがないからではないですか。 長谷川 JR(にとって〉は今のままでいいんですよ。南北交通が困っているからというだけなら、JRにとっては今の、ままでも差支えない。それがですね、原の方に貨物駅を造って、二十年先になって使えるのかな、と思っちゃうんですよね。東京だって貨物駅を造ったところが使えないで旅客用に変わっているんですからね。貨物による輸送は、この二十年で激減したんですからね。貨物駅を造って、いったい何を運ぶんだろと思ってしまう。 芦川 橋上駅だとスルガレジャーの先の交差点から掘ってこなけりゃいけないんだそうですよ、中央ガードを。そうなるとね、中心市街地が、なかなか納得しませんよ。橋上駅そのものはいいんですけど、南北交通の問題はどうかということがある。 長谷川 それなら橋上駅に一緒にのせてしまえばいいんですよ。 芦川 だからですね、今の跨線橋みたいのがあるでしょ、あれの大きい、三倍ぐらいのやつを、あの上にのせてくれればいいんだと思う、とりあえずは。 長谷川 そう、それでいいんですよ。そうすべきですよ、それが一番いい。 芦川 それでいくとね、当局によれば二十億かかるとか、三十億かかると言うけれど、当然払うべきコストではないかと。高架にするにしても橋上駅にするにしても、現状をどうするんだということがある。高架ができるまで南北交通の問題はどうにもならないということであっていいのか。南北交通の問題を考えるんだったら、車はさておき、人や自転車や軽車両を通す跨線橋ぐらいでいいんですよ。平成三十二年に(高架が)完成する間は使える訳ですよ。でも、それがもったいないと言うんでしょ。だけど、もったいないことはないと思うんですよ。 長谷川 そこでコストベネフィット(費用対効果)を計算すればいいんですよ。それ(施設)をどれだけのお金で造って、どういう利用で、どれだけの効果があるのかを計算すればいいんですよ。 芦川 それが、メチャクチャに人間が増えるとかということがあれば困るけれど、そういうことじゃないんだと思うんですよね。減っていくのに、逆に支えられるかということなんですね。今の人がその時になって納得できるようなものにしなければならない。 長谷川 貨物だって減っていくのに、なぜ貨物駅なんでしょうね。 芦川 JRのメリットのために市民が負担するということであっては困るよね。 長谷川 だけどね、実際はそうなんですよ。工事だってね、JRさんに発注すると思うんですよ。そうすると二十年間にわたって仕事があり続けることになる。そういうことも説明されていないんですよ。 芦川 本当に利用者のことを考えるなら駐輪場ぐらい自分達で造ってほしいですよね。駅前の駐輪場を使うのは、みんなJRを使う人達なんだから。でも、JRが駐輪場を造った所なんて聞いたことがありませんよね。 長谷川 国からの補助金だって道路特定財源から来ているのが、それがなくなってしまう。そうなれば補助金だって、どうなるか分からない。半分になれば、事業期間も二十年が四十年になってしまう。 芦川 そりゃ困る。 長谷川 そうなると、四十年間、今のままということになる。年間三十億とか四十億とかの金を担保できるんですか、誰が担保するんですか。誰も担保なんかできやしない。誰もが(補助金は)減ると思っていますよ。それで工事を進めてしまったら、四十年間続けなければならない。その間、南北交通の問題は解決しないということになる。 新春対談最終回 再開発ビルにも問題
ー鉄道高架事業では、鉄道施設の移転に伴うものとして、あるいは高架下に土地が生まれ、そこが有効に活用されるとの説明もされていますが。 長谷川 今あるキラメッセと(建設中の)ビビのほかに、具体的なものなんてないじゃありませんか。商店街だって出来やしませんよ。 芦川 今でも思うようでないのに、出来るわけないし、パイ(需要)が決まっている以上、無理ですよ。
ー土地が生まれるとか、踏切が十三カ所でなくなるとかの話が出ていますが、先程来言われているように、二十年先はどうなっているかの議論はないし、一方では原の方には負担も増えるということはある訳ですよね。 芦川 あの原の反対運動は困ったよね。
ー市の説明によれば七〇%の人は理解を示してくれていると言っているが、三〇%の人は売らないと言っている。しかし三〇%の人が予定地の四〇%の土地を持っていて、しかも新貨物駅建設にとっては重要な場所にある。これを売ってもらわないと困る。貨物駅が出来ないと高架が出来ない。 芦川 そりゃ、そうですよ。貨物駅が動かないことには。
ーだから、この先、当局が言うように順調にいくとは思われないのですが。 長谷川 JR貨物に一度詳しく聞いてみるといいんですよね。将来見通しとか。でも、誰も答えられないんじゃないですか。JRにしてみれば市民の負担で造ってくれるんだから、こんなにいいことはない。 芦川 私もそう思いますよ。 長谷川 だから余分なことを言うことはないと。 こうして見てくると、なんにも検討していないことが分かってくるんですよ。同じお金を使うんだったら、本町辺りにビルを造った方が、よっぽどいいと思うんですがね。
ー何年も研究して進めてきた事業であるとか、これまでにも投資して来ている、今さらやめられないと言う人もいますよね。公共事業はやめられないという。 長谷川 でもね、公共事業は今どんどんやめていっているんですよ。今まで使ったお金と言うけれど、これから使うお金と比べてみなさいよ。土地を買うのに百億ぐらい使っていると思うんですが、これからの千八百億、高架だけだと本体と貨物基地、車両基地で千百億ぐらいですか、今まで使った金の十倍ぐらい、これから使うんだから。これまで幾ら使ったなんてのは理屈にならないんですよ。 今まで使ったのは、そういう情勢だったから仕方ない。使ってしまったことを非難されるのを恐れているのかもしれないが、それは有効に使えばいいんだから。 芦川 もし、そういう話があるなら、有効に使える方法を考えればいい。 長谷川 それよりも(議員が)今まで勉強したと言うなら、その成果を見せてくれということですよね。費用対効果の分析をやってきたんだったら明確にしてほしいし。 市民の批判や意見を受けて初めて、勉強をしてきた成果と言うことができると思うんですよね。
ーところで、中心市街地の復活とか人口回帰とかの話が出ましたが、郊外型の大型店についてはどう考えたらいいのでしょうか。沼津でも市立病院の東側に大型店進出の話がありますが、一方では、静岡でイオン出店反対の動きが出たり、静岡の西武撤退の話も出てきたりしている。消費者にとっては車社会の中で、郊外型大型店は歓迎すべき気もするんですが。しかし政府は郊外への出店を規制し、大型店は市街地に、という方向に進めようとしている。そのあたり、商店街としては、いかがでしょう。 芦川 大型店はこれ以上必要ない。しかし、出店は止められないとなれば、周囲の環境にどう影響を与えるのかということになる。どこの市町村でもそうだが、(大型店の出店により地価が上昇し)固定資産税が上がるということに目が行ってしまっている。良くなる所もあるだろうが、みんながそうはいかない。 既存の大型店だって当然、その中に巻き込まれることになる。大型店だって統廃合がある。基本的に「焼き畑農業」だから、そこがだめなら次に行ってしまう。だけどね、一度大型店が出ると、その周囲の商店、細胞は死んでしまう。大型店は、そこがだめなら次を探して行けばいいが、周囲の死んだ細胞は生き返らない。そうなると、そこの商業や消費生活は大変不便なものになってしまう。 今、コンパクトシティの考え方の中で大型店には中心市街地に戻って来てほしいと考えている。でも、どこも戻って来やしません。無料の駐車場がなければ、大型店はやっていけない。今考えられでいる(市立病院東側の〉大型店は一二〇、○○○平方㍍でしょう。小学校〈の敷地)三つ半ですよ。そこに四千台の駐車場。静岡にある同じ店の倍以上ありますからね。交通の体系を考えただけで大変。月曜から金曜まではガラガラでも、土・日曜になれば渋滞となり、東西の基幹道路である国道一号は完全につぶれてしまう。売っているものは同じで、今ある大型店も競争に追い込まれる。中には閉めてしまう所も出てくる。 基本的に(大型店は)必要ないだろうというのが、沼津だけでなく、全国にあるんだよね。だけど大型店というのは、市のそういうところをくすぐるんだよね、心を誘うの。固定資産税が入りますよ、雇用の機会が増えますよ、市民生活・消費生活が豊かになりますよ、って。でも、固定資産税だって、ほかにぶっ飛ぶ所が出てくるんだから、どっちが得かということはあるよね。 大型店は、自分達の環境を整えることだけを考えていて、同じグループの店がひしめき合いながら不採算部門は切り捨てていけばいい。農家の人 には「米を作っていても仕方ないから、賃料で食べていった方がいいですよ」と持ち掛ける。人間どうしても、経済のいい方に行ってしまう。 それと、周囲の基盤整備ね。大型店が出てくる以上、行政は、一二〇、○○○平方㍍のコンクリート基盤や四千台の駐車場という集積に対する治水や交通問題を考えなければならない。だからインフラ整備の応分負担を要求する。すると、大型店は「よそへ行く」とブラフをかける。よそでは欲しい所があるかもしれない。(大型店出店によって)市財政は一時的には良くなるかもしれないが、まちにどう影響するか、長期的に見なければならない問題もあるんですよね。 長谷川 今までは郊外へ郊外へというのだったのを、大型店を都心へということで都市計画によって規制しようとしているが、いささか遅きに失したような感じですよね。 ただ、流れは、そうだと思うんですよ。その中で旧市街地の本町などがどう対処するか、どういう姿勢を保つかということなんですよ。 法律が変わったかちといって、すぐに活性化するとか、そういうことではないんだけど、四十年、五十年かけてここまで来たんだから、時間がかかっても、そういう方向に持って行かなければ。そうい.う観点からも、高架化事業というのは、いったい都心再開発事業になるのかどうかということなんですよ。 芦川 その郊外の都市化っていうのが果たして必要かどうかってことですよね。でもね、再開発ビルだって難しい。交通動線から言って、グルッと回って、あそこ(ビル)に出てこなければならない。必要な人は行くかもしれないが、果たして消費者が耐えられるか。 実は大型店もそうで、出店するのは農地か工場跡地。なぜかと言えば、どちらも道路が付いているから。でも、再開発ビルは道路が付いているとは言いがたい。鉄道高架が出来てしまえば別だが、基盤整備が出来ていない所へ本気で(テナントが)来るかと言うと、それはなかなか難しい。従来の商業者、地権者が本気で戻りますかと言うと、考えてしまうのではないか。 平成二十年春のオープンだから、一年半ぐらい前には、こういうメガストアが入るという発表はあるだろうが、それに(他の個店が)どのくらい食いつくかですよ。上にマンションがあって、真ん中に駐車場の入り口がある。「柱の数を考えたら、どの程度の規模のメガストアを持ってきてくれるのか、期待と不安があるわけですよね。〇四.年に赤字でスタートの小樽の例もあるし、がんばっても結果的にだめで、税金投入の事例も多い。 長谷川 なぜ再開発って言うんですか。ビルを造るだけで、なんの目的があるのか、よく分からない。立地条件が悪いとか、入り組んでしまった場所を整理するためというんだったら分かるんですが、マンションだけなんでしょう。 芦川 近隣の商店街も総力を挙げて振興に協力するような行動を取らなければ有機的なインフラ機能とはなりえない。三島は東京の寝床と言われて、それはそれでいいと思うけれど、沼津には商都としての香りを作り出したい。
ー長時間にわたり、ありがとうございました。(おわり)
○長谷川徳之輔氏(はせがわ・とくのすけ) 昭和11年生まれ。東高から東北大法学部卒業。建設省・建設経済研究所を経て明海大学不動産学部教授。専門は社会工学。69歳。
○芦川勝年氏(あしかわ・かつとし) 昭和22年生まれ。東高から同志社大商学部卒業。芦川印刷所社長。沼津市商店街連盟会長(前仲見世商店街振興組合理事長)。58歳。 |