提言1
沼津駅鉄道高架化事業を考える(上)長谷川徳之輔(沼朝1月16日号)
私は、沼津出身で現在、東京に住み、明海大学不動産学部教授として、土地政策、都市政策の講座を担当しています。建設省での勤務を経験しており、高校、職場では斎藤衛さん、桜田光雄さんの先輩に当たります。
昨年十月の市長選挙には関心があり、二人には君子の戦いを進めてほしい、と陰ながら見守っておりましたが、結果はともかく、政策論争が生煮えで、不満が残りました。私も何か発言したいと思っていたところ、選挙後も鉄道高架事業の問題が尾を引いているようなので、私なりにレポートにまとめてみました。
市長選挙の争点
昨年十月の市長選の争点は、沼津の衰退の一つが、市街地が鉄道線路で南北に分断されているからであり、都市再生には東海道線、御殿場線の高架化が必要だという鉄道高架化事業推進に対して、財政事情の悪化や高架事業の効果からして高架化計画を考え直すべきだとするもので、「都市再生」についての論争であった。
市長選を舞台にホットな議論が期待されたが、結果としては、計画推進の現職、斎藤さんが当選し、元市長の桜田さんは及ばなかった。しかし、得票は三万六千票と三万四千票の二千票という僅差であり、高架事業についての市民の評価は二分されたと言ってよい。どちらが選択されたのか明確とは言いがたい。
選挙が終わって時問が経過し冷静になった今、この事業の重要性に鑑みて、沼津の将来、次の世代のために改めて、「全部かゼロか」という選択ではない、前向きな議論、沼津の都市再生、南北交通円滑化、そのための鉄道高架化の望ましい計画のあり方を論議する必要がある。
情報公開
沼津市も広報で鉄道高架事業の計画、現状について市民に情報を公開し、計画への市民の評価や意見を求めている。市としては立場上、どうしても事業促進だという現状維持的な説明になりがちであるが、立場にこだわらず、市民の積極的な提案や評価をもっと広く集め、集約して市民的合意を形成していく必要があろう。反対や批判など市当局にとって都合の悪い情報も公開する必要がある。市民もこの問題への関心が高く、どのような事業が望ましいのか、さまざまな視点からの論議がされており、賛成派、反対派の団体の活動もあり、活発な市民運動が行われているとも聞く。何事にも消極的、退嬰的な市民性からは驚きであり、その昔の公害反対運動の再来かとも思える。
必要だった現・元市長の論議
市民ではない私の立場から今回の論争が奇妙に見えたのは、今の計画の基本を作成した元市長の桜田さんが計画の撤回を主張し、その後始末を委ねられた現市長の斎藤さんが計画を推進すべきとしている姿勢である。桜田さんが推進を主張し、斎藤さんが見直しを主張するのが本来と思えるが、いずれも、どのような意図で、どのような市民の支持で、そのような立場になり、そのように主張するのか、奇妙なねじれ現象であり、外から見ると理解に苦しむ。両氏には選挙における、対立のための対立ということではなく、国土問題、都市問題の専門家として、また、市長経験者として大局、的な立場に立っての望ましい計画のあり方を集約し、市民的合意の方向性を示すという姿勢が求められたのではないか。
橋上駅の提案
高架化計画に対しては、ガードや高架道路を整備する橋上駅計画の提案も行われているようだ。誰が、どのような立場で提案し、どのような論議が行われたかは、よく分からない。ただ、市当局による評価では、橋上駅案のいくつかの問題点を指摘して、この提案を否定している。いささかの専門家である私の立場から見ると、当局の説明は、せっかくの提案に対する難クセ付けとも言える瑣末(さまつ)な間題点の指摘であり、その本質である財政間題や費用対効果の視点からの比較評価に欠けている。
私の見方
私は、どちらかの立場に立つということではなく、沼津の将来像や市民負担という視点から、どのような計画が望ましいかを第三者的に見ることだと思っている。客観的に、これらの計画を評価してみたい。
従来の鉄道高架化事業は、大都市での鉄道連続立体事業が求められた高度経済成長期、財政事情が良かった時代の産物で、国や地方自治体の負担を前提にしたシステムであり、これは大都市での鉄道の複線化、高架化に大きな成果を上げている。今でも、小田急線、JR中央線では高架化事業が盛んである。しかし、この十年で経済情勢は激変している。財政危機はいっそう深まり、国、地方とも緊縮財政が必死の情勢で、経営採算性の要らない鉄道高架化事業の進め方は曲がり角にある。今なら、このような経済環境の変化に対応しての事業の成果、採算性、財政負担などを見据えた計画の再検討ができる。
国や県の財政再建策の方向、沼津市の長期的な財政事情の変化など、この数年で鉄道高架化事業をめぐる環境は大きく変化しており、その変化を見据えた点からの議論が必要となっている。
都市計画で決まったことだからと、やみくもに推進するのが従来の公共事業のやり方だが、行政改革の一環として、国全体で、無駄な事業はやらない、従来の計画も再検討する、という方針が示されている。
沼津駅鉄道高架化事業についても、ただ感情的に高架化事業を中止しろとか、逆に、面子上もこれまでの計画のままに推進するという両極での選択ではなく、どのような事業が沼津の都市再生のために、沼津の財政事情から言って望ましいのかという視点で、改めて市民的な論議で見直す「ことが必要ではないかという立場で考えてみたい。
沼津駅鉄道高架化事業を考える(下)長谷川徳之輔(沼朝1月18日号)
鉄道高架化事業の問題点
一、高架化は本来、南北交通の円滑化が目的であるが、全体計画の中では、高架化による都市開発効果を大きく見ており、その目的は期待値に終わりかねない。
都市開発効果として、旧国鉄用地の三fに加えて高架下の利用で四・七fが創出されるとして、その利用の中核的機能に、高度情報発信機能、高度教育機能、高度余暇機能、高度行政機能などを挙げているが、高度というだけで、その事業内容、必要性、規模、整備費用などは不明確。さらに、補完機能として商業施設や駐車場を整備するとしているが、そもそも中核機能のみならず、国鉄清算事業団用地の三fに商業施設などの補完機能としての利用可能性、実行可能性があるかどうかさえ分からない。成熟停滞するこれからの経済社会に比べて、あまりにも右肩上がりの経済社会を前提にしすぎてはいないか。
二、衰退する大手町や上土町の中心性、商業機能を維持するには中心市街地の再生が不可欠。人口は停滞減少、集客が望めない現状では、駅周辺に新たな商業機能が集積すれば、中心市街地は、さらに衰退を重ねるだろう。そもそも駅南が衰退するのは、鉄道が障壁になっているからではなく、人口分布、生活パターンからも駅北の潜在能力が大きく、イトーヨーカドー、エスポットなどの商業機能の集積、市立病院、国道一号(バイパス)、東名高速などの自動車の便を見れば、わざわざ駅南へ来る必要がないということから派生する間題だ。
駅南の旧中心市街地の活性化には、安価な住宅の供給などによって歩いて生活できる町を整備し、高齢者らの定着人口を増やし、文化機能や教育機能を充実させ、魅力ある市街地を整備するしかない。
三fの清算事業団用地は、ここに高容積の土地利用計画を設定して商業施設やオフィスを導入するにしても、需要には限度がある。三千人の生徒数がある三島の日大高校を誘致して規模の大きい教育施設を設けるとか、キラメッセ、都市公園などの公共施設を中心とした利用を図るしかない。
三、人口増加の終焉、経済商業活動の鈍化、消費者の東京集中などを見れば、鉄道高架化の効果、便益を過大評価して高架化事業に伴う十fもの土地創出を前提に大規模な都市開発を計画することは無謀だと言わなければならない。
沼津駅周辺総合整備事業に要する総事業費は千八百二十三億円だとされるが、公共事業の常で、投資額は最初は低く抑え、最後には上昇するという数字になりがちであり、確定したものとは言えないだろう。
この額は、高架化事業、公共施設整備、土地区画整理事業など基盤施設整備の費用であり、多分、付随して必要となる建築物など上物の費用は計算されていないであろう。民間投資も付いてくるので、民間投資分を含めて全体費用を計算し、その投資可能性を検証する必要がある。
四、高架事業の主体的な目的を南北交通の円滑化に置くなら、橋上駅事業の効果との差はそれほど大きくはあるまい。南北に七本の幹線道路を入れるとしても、旧市街地に南北の幹線道路を整備することは難しいし、結局、現在の三つ目ガード、中央ガード、のぼりみちガードを充実させるしかないだろう。高架化によって十三カ所の踏切が撤去できるというが、それがどれくらいの効果があるかは不明である。
五、橋上駅と人工地盤の提案に対する市当局の見方は客観性に欠ける。
当局は、橋上駅の問題点として、@三つ目ガードは現在の二車線では交通混雑の解消にはならない、A中央ガードは道路の勾配が道路構造令に合わない、B歩行者、自転車の回遊性に欠けて負荷がかかる、C踏切が残ることなどを指摘し、採用できない、としている。しかし、これらは技術的に瑣末な指摘であり、それらの間題点は、どのように設計したら解消できるのかを専門家として考えてしかるべきではないのか。
アイデアとしては、南北交通を地下ガードと橋上のデッキのダブルにして双方を一方通行にすることなどを考えてもいいのではないか。駅前広場を利用して、出入り口をループ状にする道路を考えても良い。
六、橋上駅では南北市街地の一体化、新たな都市機能の導入ができないという指摘は抽象的に過ぎる。高架化事業と橋上駅事業とを、費用対効果を含めて具体的に比較し、その効果を論じることが必要である。
そもそも、その本質論であるが、鉄道高架化にしても都市再生への効果は疑問である。他の都市での実情、例えば東京品川駅周辺では、東西間の交通は極めて問題が多いが、「高架にしろ」という声はまったくない。中央線や小田急線にしても高架化は複々線化が前提である。新幹線駅が整備された新潟駅、長野駅も、駅周辺は線路を横断する橋上駅であり、これで交通をさばいている。
また、橋上駅事業に要する費用、工事期間などについて不明確だとしているが、市当局の専門家が計算して明示してみることが必要である。その上で、両計画を改めて比較し、さらに良い案があれば導入していくようなプラス思考が求められる。
七、鉄道高架化事業の工事期問は、財政上からも少なくとも二十年を超えるものと想定されている。幸いにして財政支出が円滑に進み、進行に応じて部分的に工事が出来ていても、全線十五`の工事が完全に終了しなければ、東海道線、御殿場線の走行線路を変更することはできないのだから、今直ぐに工事に着手できたとしても、これからの二十年間、南北交通の円滑化はできないことになる。当然、直ちに着工はできないわけだから、現実としては着工までの時問がさらに加わることになる。その場合、南北交通の円滑化に手をこまねいていることができないとするなら、暫定的に三つ目ガード、中央ガードの整備をしておかなければならず、二重の投資となるし、それによって円滑化が実現すれば、高架化は必要ないということになる。そうであるならば、橋上駅案を進め、南北交通問題を少しでも早く解消し、事業の進捗に応じ、事業環境を考えた上で計画を追加した方が現実的ではないのか。計画の内容によっては不要となり事業全体が完成した後でなければ機能しない貨物駅、車両基地の整備を、なぜ急ぐのか、よく分からない。さらに、二十年先の陸上交通の分担で自動車輸送の比重が高まる時に、なぜ東京近郊の沼津で大規模な貨物の鉄道施設が必要とされるのか、よく分からない。
八、鉄道高架化は、大都市の旅客の輸送状況から、平面交差を立体交差にすることによって、人車の交通の安全、輸送効率の向上、土地利用の効率化などを目的としたもので、費用対効果から鉄道を連続的に高架化することが効率的という見方から、道路整備事業として公共の負担(事業費の九六%から八六%)によって事業が進められるもので、既に数カ所の事業で三百`の高架化が完成し、千二百カ所の踏切が解消されている。大都市の人口密集地域、鉄道交通量が極めて大きい地域に適用されたもので、本来的に大都市対策である。現在、事業の中心は、JR中央線、西武線、小田急線などであり、その必要性は高く、早期完成が待たれている。地方都市での事業庵採択されているが、個所は限定されており、静岡県では、浜松の遠州鉄道の事業が進められているだけである。高架化の効果から見れば、地下ガードで交通処理ができている沼津より、駿豆線(伊豆箱根鉄道)で市街地が東西に分断され、中心の広小路にすら立体交差のない三島の市街地での必要性の方が高かろう。
当面の財政状況からすると、もっぱら国、県の財政負担で事業を進めようとする連続立体事業が、さらに大きく進められていくことは期待しがたいであろうし、事業の必要性からは、遅れている大都市の連続立体化に集中的に投資を進める必要性が高まり、地方都市に予算が投入されることが難しい状況にあるものと思われる。
最大の問題点ー何を一番に考えなくてはならないか
鉄道高架化の最大の問題点は、事業における費用対効果であり、事業費負担の財政的実現可能性である。二千億円を超える投資をして、鉄道高架に期待している効果を最終的に達成できるのか、国、県、市の財政状況からして、本当に二十年で完成するのか、沼津市の将来計画では何年かかるのか、その費用を、例えば下水道事業など他の投資に投入した場合にどのような効果の差になるのか。また、高架化事業費は、総額千八百二十三億円、二十年間の工事期問で年間九十億円から百億円の支出となるが、財政事情が悪化している国、県が毎年この額を支出できるのか、市負担は六百三十三億円、年間三十二億円の支出になるが、沼津市の財政規模は六百六十六億円。都市再開発事業費の年十九億円の二倍となる費用を二十年間、毎年支出し続けられるのか。どのような計画にしたら最少の費用で最大の効果が得られるのか、どのような順序工程で事業を進めるのがいいのか、疑間点、問題点はいくつもある。それに目をつぶって、何がなんでも進めようということであってはほしくはない。
せっかくの橋上駅整備、人工地盤の提案もあるのだから、それらとの比較、あるいは、それを採用した高架化計画も改めて検討し、市民が納得でき、共感できる事業計画を元市長現市長が知恵を出し合い、考えてもらいたいものである。(大学教授、東京都)(おわり)